最近の動画配信の内容を、コラムとして書き起こしたものです。図解などを参照する場合は、YouTube動画と合わせてご覧ください。「FPチャンネル 資産づくりから承継へ」の登録で過去配信が視聴できます。ご登録よろしくお願いいたします。
もし、社長が突然亡くなったら、会社は誰が継ぐのでしょうか。配偶者か、長男か。
いえ、相続発生後間もない日に、知らぬ間に他の役員の手に経営権が渡っていた。
オーナー会社では、全くない話ではありません。
「過半数の株を相続したのに、会社を支配できない」
オーナー社長の株式を相続した妻と長男が、会社を支配できなかった、それはなぜでしょうか。
これが、「相続クーデター」と言われるものです。
オーナー社長の方、配偶者の方、大事な会社を守るために、ご健在である今のうちにこそ、知っておいてください。今回はある老舗旅館の事例でお話しします。
■ 「相続した人が会社を継ぐ」とは限らない
ここで、まず基本を説明します。特に未公開会社を経営している社長が亡くなると、相続が発生します。ここで一つ注意が必要です。
相続されるのは、社長が個人で所有していた財産です。
その中には、
があります。
つまり、社長が会社の株式を持っていれば、その株式が相続財産になります。
しかし、会社そのものが相続されるわけではありません。
また、社長という役職が、そのまま妻や長男に相続されるわけでもありません。
ここで、重要な整理です。
・株主・・・・会社の所有者として、株主総会で議決権を持つ。
・取締役・・・・会社の経営を担う。代表取締役、専務取締役など。
「株式を相続すること」と、「会社の経営権を握ること」は、同じではありません。
この違いが、相続クーデターの出発点になります。ここでは、相続をきっかけに、会社の支配権が相続人から別の株主側に移るケースを、便宜上「相続クーデター」と呼びます。
■ 今回の事例――京都の旅館
ここで事例を紹介します。ある京都の旅館を例に考えてみます。
もちろん、実在の会社ではありません。
・旅館業(株式会社) :客室50室
・従業員20人(他にパート・アルバイト)
・京都で長年営業
社長は55歳: 創業家の後継者で現オーナーです。
妻は52歳: 女将として旅館の顔を務めています。
長男は24歳: 跡を継がず、外部の一般企業に勤務しています。
専務は50歳: 25年間、この旅館で働いてきました。実際の業務は、社長よりも専務の方が詳しく、従業員の信頼も厚い。
この会社では、社長が過半数の株式を持っています。つまり、社長が会社の経営を支配していたわけです。しかし、この旅館には問題がありました。
じつは専務は、以前から社長に経営改革を提案していました。
しかし、社長は「昔からのやり方を変える必要はない」と考えていました。
ここで、専務は会社の将来に危機感を持ちます。
「自分なら、こうするんだが。自分に経営権があれば・・・」
■ ここで、相続が発生したら・・・
ここで突然、オーナー社長が急死。遺言はありません。
長男は一般の会社社員、妻は女将業専念でしたから、オーナーは最初からこの2人への事業引継ぎは消極的でした。
そこで起きた相続です。ここで、実際に何が起きたか。ここで、株主構成を見ます。
●社長死亡前:
|
株主 |
株式 |
|
社長 |
55% |
|
妻 |
15% |
|
専務 |
15% |
|
若手役員3人 |
15% |
55%の株式は社長死亡後、妻と長男に相続されます。単純化して1/2ずつ、
とすると、
|
株主 |
株式 |
|
妻 |
42.5% |
|
長男 |
27.5% |
|
専務側 |
30% |
となります。
妻と長男で合わせて株式は70%、経営は安泰だと思われました。
■5 強制売渡請求とは
しかし、ここで会社が相続開始後一定期間内にある所定の手続きをとるとどうなるか。株主総会の特別決議を開き、相続人に対して、いわゆる強制売渡請求を起こします。
実際はこんないきさつでしょう。専務は2人にこう諭します。
「このままでは会社が衰退する」
「自分なら会社を立て直せる」
「若い社員たちもついてきてくれる」
――というものです。
そこで、会社立て直しのために、相続した株式を会社として買い取らせてくれと申し出ます。
妻は副社長ですが経営実務には詳しくなく、長男は旅館経営に興味ない。「事業が軌道に乗ればいつでも役員に迎える」という言葉に乗ってしまい、専務に任せてしまいました。その際、妻には今後も副社長として、マダム経営者の顔として残ってほしいと伝えました。
さて、そういういきさつで強制売渡請求が出されると、どうでしょう。この会社の定款に、「相続人に対する株式の売渡請求に関する規定」があると、会社が適法に株主総会の特別決議を行い、売渡請求をした場合、相続人は単純に「売りたくない」と拒否することはできません。(会社法第174条)
■ 相続したのに会社を支配できない
すると、前オーナーの55%の株式は会社に買い取られ、妻の株式は15%、長男は0%のままの所有なります。
|
株主 |
持株比率 |
|
妻 |
15% |
|
専務 |
15% |
|
若手役員 |
15% |
|
会社 |
55% |
これに対して、専務はじめ少数株主全体の株式は30%です。
会社が買い取った相続人の株式55%は議決権が制限されますので、議決権のある株式全体での実質所有割合は
妻は33%(15%/45%)、
専務ら役員等67%(30%/45%)と逆転します。
特別決議に関して議決権を行使できる株式の約3分の2を握った、ということは会社の重要事項を専務側の意思で決めることができるようになります。
つまり、社長の55%の株を相続した妻と長男が、会社支配から排除される――という非常に強烈な構図になります。
まさに、「相続したのに、会社を支配できない」。これが、相続クーデターと言われるものです。
これは会社法第174条の規定で、「クーデター」とか「乗っ取り」とか言葉は物騒ですが、合法的です。法規定の趣旨は、「相続によって会社にとって望ましくない者が株主になることを防ぎ、会社の人的な結びつきを維持するための制度」です。
ただ、その制度を、相続後の会社支配をめぐる争いの中で利用することもできるのです。
■ 「乗っ取り」の構想
ところで、こういう思いはありませんか?
「専務がはじめから、この旅館を乗っ取ろうとしたんでは?」
――そういう意図があったかどうか。じつは、専務には構想がありました。
旅館の建物全体を、
などを組み合わせた複合的な施設に転換する。長く旅館業のノウハウがあるので、それを生かして和洋食宿泊業を基盤にすれば、「京都で人が集まる複合施設」として若者、家族連れ、外国人客にも十分対応できる。
それは専務の一種の野望とも言えますが、もともとは会社を立て直すという構想によるものでした。
それが、オーナーの相続をきっかけに表出したのです。
■ 「乗っ取り」は本当に「悪」なのか?
ここで、皆さんに考えていただきたいと思います。
専務は、はじめから会社を乗っ取りたいと思っていたのでしょうか。そうとは限りません。社長の死によって、会社の支配権が動く可能性に気づいたのです。定款に相続人への売渡請求の規定や資金面を確認したんですね。
専務の事業構想が正しいかどうかは別として、専務は会社の将来を真剣に考えていました。ただし、そこにはもう一つの感情もあります。
「自分がいちばん旅館のことをわかっている」
「自分だからこそ会社を立て直せる」
「それなら、自分が経営した方がいいのではないか」――
このあたりから、
「会社を守りたい」という気持ちと、「自分が経営したい」という野望の境界が曖昧になっていきます。これは、誰しもが持つ人間の複雑な二面性です。
■ 後継に絡むいくつかの要因
そこで、突然の相続。ここにもいくつかの要因が重なってきます。
・オーナーは55歳とまだ若いので、真剣に後継者を考えていなかった。
・したがって、遺言も作っていなかった。
・妻は副社長だが、女将業専念に生きがいを持ち、会社経営に疎かった。
・長男は、伝統的な旅館業を継ぐことに関心がなかった。
・株式が買い取られても、相続人はいつでも株主となって後継者に戻れると思った。
・社内に専務に同調する若い社員が複数いた。
専務の構想は思い通り実現するか?
一つ大事なことは、適切な承継がされないと、承継した者だけでなく、その家族、従業員、従業員のまたその家族と、多くの人のライフプランに多大な影響を及ぼす、ということです。
■ 会社の未来を左右するのは、早めの後継対策
会社の後継者を適切に決めておかないと、善意ある者、悪意ある者にかかわらず、合法的に「当初は想定していなかった人物の手に会社が渡ってしまうことがある」
それを「承継」というか、「クーデター」または「乗っ取り」というか、法は言葉を選びません。会社法は、誰が善人で誰が悪人かを基本的には判断しません。誰がどの株式を持ち、どの手続きを経たのかを見ます。
最近は、60歳以上のオーナー会社の引継ぎがなかなかうまくいってないという現状もあります。会社の引継ぎがスムーズにいかないとオーナー本人、配偶者や家族のライフプランにも大きく影響します。
事業承継・M&A、よく聞きますが、正しい承継のためには、早めの対策が有効です。対策については、別の動画で配信したいと思います。
(2026.07)