もし皆さんが、高齢期に差し掛かっていれば、お孫さんの一人や二人はいることでしょう。
相続のことを考える時、普通は子どもの代に遺すことを考えますね。孫のことは、子の次の代の相続で考えてもらえればいい。いわゆる二次相続です。
そこで、シニアBさんの悩みです。金融資産1億円、居住用宅地5000万円、事業用宅地5000万円。家族は妻と長男夫婦、孫1人の5人で同居中です。
「妻のほか、長男1人だけに財産を遺すのはもったいない気がする。孫にも分けてあげたい。どうしたものか」
というのもBさんには、こんな不安も。「息子の代で財産が使い果たされたら、孫に渡るものがなくなる・・・」
さて、どうしたらいいものでしょうか?
■「孫養子」の相続税対策
そこで、「孫を養子に?」・・・・聞いたこと、ありませんか? 生前贈与や遺贈という方法もあるのに、養子? 実は、実務上はそんなに珍しいことではないのです。
この「孫養子」については、順番を間違えると、孫の心を傷つけるばかりでなく、家族間のトラブルにもなりかねません。順番とは、節税を優先するあまり、孫や家族の心情を後回しにすることです。そうなると、取り返しがつかなくなる恐れがあります。といっても、少しの心遣いさえあれば、そんなに困難な策ではありませんからご安心を。
まずネックになるのが孫自身の戸籍でしょう。「なぜ、僕がじいちゃんの子に?」・・・・まだ就職前や結婚前なら、戸籍を他人に見せなければならない状況もあるかもしれません。成人していれば、戸籍は自己のアイデンティティでもあります。それが、親が変わるとなると・・・。
いくら節税対策で有効と言われても、まず孫自身の心の引っ掛かりをクリアにしなければなりません。そのためには、まず養子の制度について見てみましょう。
■普通養子と特別養子、どう違う?
養子には、普通養子と特別養子があります。どちらになるかによって、戸籍の扱いも実の親子関係も大きく変わってきます。それにより当然、相続の扱いも変わってきます。
大きな違いは、普通養子では実の親とは親子関係が継続され、相続権も引き継ぐこと。つまり、養子になっても養親(ようしん、養父母)の戸籍に「養子」と記載されるだけで実態は今まで通りということです。
ですから、戸籍上のことを言えば、実親(じつおや)の続柄に残ります。つまり戸籍でもはっきり実の親子関係は証明できるのです。
ところが、特別養子ではそうはいきません。実の親子関係が絶たれてしまいます。これは、今の親子関係を保つことがその子の将来に良くない影響を及ぼすことを避けるためでもあるからです。
なお、法定相続人に含めることができるのは、実子がいない場合は2人まで、実子がいる場合は1人までです。
この動画で対策をとるのは、普通養子の場合です。
孫にしてみれば、戸籍上は祖父の子となりますが、実態は変わらない。しかも、祖父の資産が早く手に入ることになれば、将来の人生設計も展望しやすくなる。さらに、実の両親の相続も受けられる「ダブル相続」となる。加えて、相続税の軽減対策にもなります。これらを祖父・祖母であるあなたが家族にじっくり説いてあげれば、十分納得されるのではないでしょうか。
■「孫養子」相続の3大メリット
では、ここまでして孫養子にするメリットは何でしょうか。最も大きいことは、養子縁組により法定相続人の数に加えられることです。そのメリットは大きく3つあります。
1つ目は、「相続税計算上の基礎控除枠の拡大」
相続税の計算上、実子がいる場合、養子を1人まで法定相続人として基礎控除枠に加えられます。
例えば、「実子1人+普通養子1人」なら、法定相続人2人として計算し、基礎控除は4200万円(=3000万円+600万円×法定相続人2人)となります。
2つめは、「生命保険の非課税枠の拡大」
相続人に生命保険金として遺す方法もあります。その場合の生命保険金の非課税枠は、「500万円 × 法定相続人の数」となっています。養子を加えるとこの非課税枠も広がります。
3つ目は、「小規模宅地の特例の適用効果」
法定相続人が増えると、特例の適用対象者も増えます。特に複数の種別の違う土地があると、遺産分割もしやすくなる場合があります。
追加で言うと、節税面だけでなく、少子化の相続対策にもメリットがありますね。相続する子が一人っ子だったりすると、せっかくある資産を、妻は別として、その子だけに多く背負わすことになります。遺産はたくさんもらえればいい、と思いがちですが、相続税は原則現金で納税です。土地などが多いと、納税が大変です。遺産は一人に偏るよりは、複数で分割する方が資産活用しやすくなることもあります。
■小規模宅地の特例で80%減の評価
ここでは、「小規模宅地の特例」について、もう少し詳しく見ていきます。まずこの特例と要件について表にしてみました。
基本的に、居住用宅地なら330㎡まで評価額の80%が減額、事業用宅地は400㎡まで80%減額、つまり20%の評価でいいわけです。これは大きいですよね。1000万円の評価の土地が200万円です。相続税は相当低くなります。
主な要件としては、居住用の場合は被相続人と同居していたこと、事業用の場合はその事業を親族が継ぐことです。ですから、廃業目的で継ぐのはだめですね。
■相続人複数で宅地の特例を受ける
シニアBさんの家族は、長男と妻、孫の5人で同居しています。長男が居住用と事業用について適用を併用することは可能です。居住用と事業用は別種の宅地だからです。
長男は親の事業を継ぐつもりで事業用宅地の評価減が適用できます。居住用の宅地については、今は同居ですが、近いうちに利便性の高い場所に新居を購入予定です。
そうなると長男は、「この土地だけ相続してもなあ」と思っています。売却して新居費用にする手もありますが、愛着があって売りたくないようです。
そこで、孫、つまり長男の子の登場です。祖父であるBさんが、孫を養子にし、孫がこの土地を相続すれば、居住用宅地として小規模宅地の特例の適用を受けることができます。
■「家なき子」という制度もある
「いや、うちの孫は今、会社員で一人暮らししてるよ」・・・・こういう場合もありますよね。それは、「家なき子」という制度で適用されます。「家なき子」、ドラマのタイトルではなくても聞いたことありますか?
その要件はまず、相続開始前3年以内に持ち家に住んでいない(親の持ち家にも住んでいない)ことです。そして、
・相続開始時に持ち家がない
・相続開始直前に被相続人と生計を一つにしていない
・相続税の申告期限までに取得した宅地を所有し続ける
この場合、養子となる孫が独身の会社員で3年以上アパート暮らし、つまり持ち家なしなら、要件クリアで「家なき子」に当てはまる可能性があります。この孫が養子となれば、祖父の宅地を継いで小規模宅地の特例が受けられることになります。
■二次相続までいった場合の比較は
ここまできて、ふとある疑問が出てきた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
「普通なら、孫は祖父の資産を二次相続で継ぐことになる。それなら、あせって養子にする必要がないのでは? 第一、そこまでして相続税は軽くなるの?」・・・そこですね。
これについては二重相続(一次+二次相続)と直接相続(孫養子相続)とで比較してみました。
結論としては、一般に孫養子化による直接相続の方が、相続税の納税負担は軽くなるようです。
二重相続は「2回の基礎控除」を使えますが、税率累進で不利になる場合が多いです。特に大資産家の場合、それがいえそうですね。
直接相続は法定相続人の数が増えるため、「相続税対策+宅地特例の活用」が同時にできるため、一定規模以上の資産家にはメリットが大きくなります。ここでは、厳密なシミュレーションは載せませんが、実際には個々の事情が異なりますので、専門家に試算してもらうといいでしょう。
■「孫養子」のデメリットと他の方法
ここまで見ると、孫養子のいいところが目立つようになりましたが、当然デメリットもあります。
1つは、孫は養子になっても、相続税が2割加算されるんですね。これは、被相続人の一親等の血族や配偶者以外の人の場合に、相続税額にその2割の額が加算されるものです。孫は、一親等ではなく、養子になっても加算対象となります。
2つめは、養子縁組によって相続分の按分が変わるため、もともとの実子の取り分が減ることもあります。これが家族間の感情的な摩擦につながる場合もあります。
3つめは、親族構成によっては、逆に相続税が高くなる場合があります。特に被相続人の兄弟姉妹だけが相続人で複数いて養子が1人増えると、その兄弟姉妹は法定相続人ではなくなってしまいます。それを考えると、事前に十分な話し合いと家族・親族の理解が必要となりますね。
それから、孫養子にこだわらず、生前贈与や遺贈の方法もあるのでは、という疑問もあるでしょう。確かにそれらも、孫に遺産を渡す有効な方法です。
ただ、生前贈与の場合は非課税額に限度があり、宅地などの贈与は評価額が高いと、贈与税も高くなります。
同じく遺贈(これは遺言で遺産を引き継がせる方法です)これも、宅地は向いていません。なぜなら遺贈では孫は相続人ではないので、相続税や生命保険の非課税枠はもちろん、小規模宅地の特例も受けられないからです。また、相続税の2割加算や不動産取得税と登録免許税もかかります。
ここまでみてきて、「なぜ、わざわざ孫を養子に?」という疑問に、税効果と相続の合理性、そして祖父としての心情をお伝えできたかと思います。もちろん、これも、いくつかある方法の1つにすぎません。メリットとデメリットを確認しておこなってください。それと家族での話し合いです。また、個々の事例により、対策の効果も変わりますので専門家に相談してみてくださいね。
(2025.05)