12年前、人工乳房再建はまだ保険適用外でした。自家組織での再建は2006年に保険適用となっていましたが、人工乳房はその後7年たってからでした。当時、保険適用前では、100万円以上かかったわけです。
「失われたものは、取り戻したい」。誰しも思います。それが女性の身体の、ある意味象徴するものであれば、なおさら。
身体としての象徴と、そしてもう1つ、母として子を育む存在、この2つの象徴としての乳房。その喪失と再建について、FPの視点から見ていきたいと思います。
今回は女性だけでなく、男性、特に夫の方にも見ていただければと思います。
■再建という選択――家族としての視点から
私は男性で、医療の専門家ではありません。
「医師でもないのに、女性の大切な身体のことを言わないで」・・・・。でも、家族が失ったものは、自分も失ったと同じです。これは、家族のいるどなたも同じ思いでしょう。
私の家族は、「今更、戻しても」と、失った片方の胸を思いやっていました。お金の負担もそうですが、体の負担もあります。
できるなら、戻したい。特に若い方はその思いが強いでしょう。今回は、医療的なことは最小限にします。
もし30代、40代の女性の方が乳がんと診断された時、ライフプラン的にどんな選択と決断が必要でしょうか。
FPとして生活設計の視点から、情報をお届けします。
■不安の正体を整理する ― お金・仕事・家族・身体
30代、40代の女性が乳がんになった時の最大の関心事、いえ心配事は何でしょう。母として、妻として。挙げていってみましょう。
●育児・生活のこと
・「子どもはまだ小さい、育児どうするの?」
・「夫の協力で回せる? 夫も仕事あるのに…」
●お金のこと
・「教育費や住宅ローンは払えるの?」
・「収入はどれだけ減る?」
●仕事・キャリアのこと
・「休職できる? 働き方、キャリアはどうなる?」
・「長引くと退職、失職する?」
●身体・人生観のこと
・「胸を失うことに耐えられるだろうか?」
・「再建する、しない? その選択に後悔しない?」
・「もし再発したら?」
FPとして伝えられるのは、このうち「お金」の視点で「不安」の材料を整理していきます。
■夫から妻へのメッセージ
もし妻が乳がんと診断されたら──何より「本人がどう感じているか」に心が向きます。最悪のことも頭をかすめます。夫のあなたは、どう接していいか? これはFPの話、以前のことです。
・「寄り添う」
一番つらいのは本人です。誰よりも不安や孤独を感じています。
・「和らげる」
術後も再発するのではないか、と怖れを感じています。
・「尊重する」
再建するかしないかは「自分らしさを取り戻す」ことの選択。それを尊重
したい。
・「向き合う」
治療費や再建費用、育児・家事のことを冷静に考え、そのことで妻の選
択肢を狭めない。
・「何ができるか」
FPは治療者ではありません。ただFPの情報も治療・再建をする選択のための道しるべの1つになればと思います。
■ 乳がんは30代から急増している (事実を冷静に、淡々と)
ここまでで、「私は大丈夫」と若い女性ほど思われますね。じつは、乳がんは、30代から急増しています。国立がんセンターの統計(2021年)によると、女性の乳がんの罹患数は、30代半ばから急増しています。
●25~29歳 ➡ 248件●30~34歳 ➡ 904件
●35~39歳 ➡ 2,574件 ●40~44歳 ➡ 6,120件
●45~49歳 ➡ 11,529件
乳房、子宮頸部、大腸、卵巣など女性特有のがんの中でも、乳がんはトップに属します。
■乳房治療と再建の方法
再建するか、しないか。再建しなければ、がん治療後のままでいいですが、再建するにはどのような方法と費用が掛かるでしょうか。私は保険を売るFPではないので、そこはご了解を。まずは方法です。
・自家組織移植法(筋皮弁法 きんぴべんほう)など
自身の腹部や背中の皮膚・脂肪・筋肉を使って再建します。自然な感触や見た目が期待できますが、手術時間・入院期間が長く、体への負担もより大きいようです。
・人工乳房を用いた再建(インプラント方式)
ティッシュ・エキスパンダー(組織拡張器)を挿入し皮膚を伸ばし、その後インプラントに交換します。保険適用には「テクスチャードタイプ」のエキスパンダーが使用されます。
■再建にかかる費用
次は費用です。現在は、保険適用により金額面で再建は選択しやすくなりました。以下、費用の目安は、自己負担3割の場合です。片側各乳房についてのものです。まず、
●自家組織による乳房再建 これには2つあります。
① 「広背筋皮弁法」(こうはいきんひべんほう):25~30万円
② 「腹部遊離皮弁法」(ふくぶゆうりひべんほう):50~55万円
次に●インプラントによる乳房再建
① ティッシュ・エキスパンダー挿入
・(乳がん切除手術と再建手術と同時に行います):30~35万円
・エキスパンダー挿入(単独に行います):15~20万円
② インプラント挿入(組織拡張後):20~25万円
●自費診療では、60~90万円です。
ただ、これらの費用は高額療養費制度が適用され、100万円の医療費でも実際の自己負担は9万円ほどです。これは、この後説明します。
■治療費の事例-1 経過と治療内容
実際にA保険会社の資料を参考にしてみます。ただし、この保険を特に推奨するものではありません。事例は次の通りです。
40歳女性です。
●経過と治療内容
・1か月目・・・乳がん検診で「要精密検査」と判定、乳がんと診断
・2か月目・・・がん治療のため7日間入院、乳房部分切除の手術
・3~4か月目・・・・再発防止のため放射線治療を2カ月受ける(毎月1回)
・5~16か月目・・・定期検査で肺への転移発見。抗がん剤治療を12か月間受ける。
■治療費の事例- 2 高額療養費テンポアップで事務的説明でよい)
がん治療には、保険適用として基本的に3割負担となります。ただ、高額療養費制度により、1カ月に自己負担する限度額は、だいたい9万円までです。また過去1年間に3回の高額療養費を払っている場合は、4回目以降は約半分、4.4万円です。
この事例で表の②高額療養費は、16カ月で合計約82万円です。このほかに、差額ベッド代、食費・通院費、入院雑費等50万円ほど加えても、
⑤の保険会社給付なしの自己負担額は約130万円です。
さらに、30歳で保険加入として保険料は月2,700円ほど、40歳がん診断までの10年間で約32万円が自己負担の支出に加算されます。
■保険会社給付の例
これに対してA保険の給付では、合計250万円。保険があれば安心ですがこの金額差なら、「130万円ほどの貯蓄があれば保険に入らずに済む」ことになりそうです。
ただ、保険料が10年で約32万円です。これに見合う給付が250万円。それで「丸ごと安心」とするかどうか、それを決めるのは加入者自身です。
もう1つ、③傷病手当金があります。これは公的給付で、休職中の1年半、給与の2/3が支給されます。手当金とありますから、給与のほかにプラスでもらえると思いがちですが、休職中でも月給の1/3がカットされて給与がもらえる、というものです。
■治療と再建にかかる期間の目安
復帰を考えると、治療・再建にかかる期間が気になりますね。これについては、乳がんのステージや術式によって差があります。あくまで目安としてお考え下さい。
●がん治療(乳房切除)
●乳房再建です。
→ 数ヶ月後にインプラント入れ替え(合計半年〜1年)
「がん治療+再建」までをトータルでみると、最短でも半年〜1年、長ければ数年単位の長期戦になることもあります。
■再建するかどうかは、それぞれの自由
ところで、再建するかどうかは、人それぞれに状況が違います。そして決断するのに勇気がいるでしょう。ここではそれぞれの決断の理由を考えてみたいと思います。女性の立場としていかがでしょうか。
・再建する人の理由は、
o 見た目を整えたい(元のようにしたい)・・・特に若い女性であれば切実でしょう。
o 心理的に前向きになりたい…失ったままでいたくない
o 服を自然に着たい、自然におしゃれしたい
・再建しない人の理由は、
o 身体的・年齢的に希望しない…身体的負担は思うほど軽いものではないでしょう。
o 補整用パッドなどで十分対応できる
o ありのままでいたい・・・「自分らしさを大切に」
o 手術や入院の経済的負担を減らしたい
さいごに「手術や入院の経済的負担を減らしたい」とあります。もしこのために再建を諦めていたのなら、今回の内容が参考になるかと思います。
入院中から術後まで、実際に収入と支出のバランスは少なからず崩れるでしょう。生活費、教育費、住宅費など変更を余儀なくされるかもしれません。将来への実際のお金の計画の再構築が必要になります。
これは専門家であるFPが精細なキャッシュフローを作成することで、夫婦の今後のライフプランの具体化が見えてきます。
■エピローグ
「研究用にご提供いただけますか」。
医師に言われて了承したものの、失われた実物を見た時は、複雑な思いでした。家族として、深く考えさせられました。本人だけでなく、選択肢を整理し、いっしょに安心して前に進めるように──そんな思いでこの情報をまとめてみました。
(2025.08)